星野監督と中村武志の壮絶エピソード

記念すべき1回目

星野政権、就任2年目の秋の秋季キャンプでの出来事。

ホテルのエレベーターで星野監督と会って、下の階のボタンを押したら殴られた。

監督の部屋は当時、最上階にあったのですが、自分の部屋が下の階にあるので、自然に下位のボタンを押したのです。

それが記念すべき「殴られた第一号」でした。

同じホテルのロビーで煙草の自動販売機で買おうとした時に監督と遭遇。




「どうしたんだその煙草」「先輩から買ってくるように言われました」

「誰に頼まれた、名前を言え。」そして黙っていると、フロントの前で殴られた。
しかも、ホテルスタッフ、一般人の目前での行為。今の時代ではとてもありえません。

地獄の沖縄キャンプ

中村武志はこの年、3年目の沖縄キャンプの時に、強化指定選手に指定されました。

早出の早出出勤、早出が9時、自分は更に早出の7時。ひたすらマシンの球を受けるだけの毎日。

本体は10時。そこからウォーミングアップだけで2時間。村田コーチの厳しい目が光る。

ブルペンで2時間受けっ放し。

とにかく時間を消費するだけ、野球は上手くなっていない、誰もアドバイスもないし、

キャンプはバッティング練習も一切無い。

特守、特打、休みは2回だけ、最後の日はユニフォームで寝ました。

端から端まで殴られる

ある日、立浪と2人休日練習で、ユニフォームを着ずに、ジャージで練習していました。
そこへ、現れるはずにない星野監督が登場。

室内練習場で、バッテンィング練習をしていると

「自分のバットは、どうした」ありますと嘘をついて、近くにあるバットに39とマジックで記入したら、

端から端まで60メーターまで殴られました。65メーターでコーチに止められた。足で踏んずけてバットを取りに行った。
「もうちょっと早く止めてくれよ。」と本人の弁。

人のバットで打つなと怒られ、ナゴヤ球場までバットと取りに帰った、血を流しているので2軍の選手は皆びっくりしたそうです。

上原晃の失神事件

とあるゲームで、上原投手と2人ホテルの部屋に呼ばれた時のこと。

返事の仕方を伝授しました。

まず、じっと目を見てろ、目を少しでもそらすな。返事は「ハイ」と最初は低く、2度目は少し高く、3度目は更にハイトーンで「ハイ」と返事をしろと。

しかし、あまりの緊張に上原が、失神し倒れました。

「こいつ何やっとるんだ」「武志何とかせい」と言われすぐにトレーナーを呼び対処したこともありました。

新幹線に乗り遅れて遅刻

ある日、東京遠征の時に、寸前で新幹線に乗り遅れた事がありました。

一枝コーチから、「ヒット3本打ったら許してやる。」

と言われ、見事、3本打ったそうです。

守備から帰ってくると防具つけたまま、ベンチに座る。

バットを握ってベンチに座る。

ゲームになると、相手チームからも心配された事もありました。

「古田さん、行きますから避けて下さいね。」と声をかけ、古田がそれを上手く避ける。

そして、マスク越しに見ると、口から血を流している。

2次政権の時は、大人扱いしてやると言われ、手は出さない、と約束。

しかし、ボコボコにされた、いやボコくらい、回数は減った。

しかし、パンチ力はなくなっていました。

最後に同僚の山崎武のエピソード

山崎武が新人で1軍のベンチに入った時、先輩に言われた事 「お前ら絶対に背もたれにもたれるな」

戦闘体制にしておけ。

いやはや、とても今の時代では考えられない壮絶なエピソードばかりです。

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