強肩アレックスオチョア

登録名はアレックス。オチョアが読みにくい為アレックスとして登録されました。

メジャーでは8年間で807試合に出場。ワールドチャンピオンの実力者で、強肩が自慢の3拍子揃った外野手という触れ込みでした。

ケビン・ミラーが来日せず

当初予定していた、メジャーリーガーの強打者ケビン・ミラーが契約していたにも関わらずに来日せず、再三の要請にも応じませんでした。そして、新たにいい条件でレッドソックスと契約したことが発覚したのです。

この件で、メジャーリーグの選手会は、この春、東京ドームで予定していたメジャーリーグの開幕戦、カブス対メッツの試合のボイコットをチラシかけ、結局ドラゴンズが泣き寝入りする形となりました。

ケビン・ミラー問題

何という、強引で傲慢な選手会でしょうか。この卑劣なやり方は、各新聞紙、野球雑誌等で批判される事となりました。

このミラーに代わってやってアレックス・オチョアはドラゴンズにやって来ました。

しかし、この代わりの選手がドラゴンズファンの度肝を抜くことになるのです。

挨拶代わりの強肩三連発




初年度の東京ドームでのジャイアンツ戦で、挨拶代わりの強肩三連発で野球ファンの度肝を抜きました。その強肩は、当時のメジャーで3本の指に入ると言われていましたがその噂も伊達でないことが分かりました。現に、エンゼルスでは守備要員でしたが、2002年にはワールドシリーズを制覇してチャンピオンリングを貰っています。

派手さはなく、ホームランも40本も打てるわけでもありません。しかし、アレックス・オチョアはドラゴンズのセンターに君臨していました。すべての試合にでる意気込みと、俊足で広い守備範囲と誰にも負けない強肩を持っていました。

サイクルヒットの快挙

1年目は打率も、得点圏打率も低くチャンスに弱いレッテルを張られましたが、相手投手を研究し、2年目、3年目に確実性を挙げ、本塁打、打点も挙げました。特に出塁率も1.2番の荒木、井端に次ぐ成績を残しました。

ジャイアンツ戦では、9回2死1.2塁の土壇場で、杉口から逆転サヨナラホームランを放ち、同じジャイアンツ戦でサイクルヒットも達成しました。メジャーでもサイクルヒットを達成していた為、NBPとMBLの両方でサイクルヒット達成した初めての選手となりました。

しかし、年齢と共に守備範囲が狭くなり、強肩も衰え始めると退団。翌年のシーズン途中から広島カープにし来日し、2年間在籍しました。

ドラゴンズ史上最強の外野陣を形成

どちらかというと強打というイメージではなく、塁に出るタイプの選手でしたが、守備では貢献。レフト、英智、センターアレックス、ライト福留でドラゴンズ史上最強の布陣を築き上げました。

打棒よりも俊足、強肩で記憶に残る外国人です。

中日ドラゴンズ優勝記念号 ベースボールマガジン社 平成16年10月30日増刊

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