日本のプロ野球チームが初めて試合を行った鳴海球場

プロ野球の歴史の1ページ

昭和11年(1936年)2月9日この鳴海球場で、日本で初めてプロ野球チームの公式戦の試合が行われました。

数日後にアメリカ遠征を控えた巨人と名古屋金鯱軍との「巨人渡米送別試合」との一戦。

金鯱軍は親会社が名古屋新聞で、同じ新聞会社のライバルの名古屋軍(後の中日ドラゴンズ)を設立した関係上負けるにはいきませんでした。この試合に出場した濃人渉氏(後のドラゴンズの監督)は「前日まで雪が降っていたし、非常に寒かった」と語っています。

試合の方は、金鯱軍が巨人の青柴憲一、沢村栄治を打ち込み10対3で勝利を飾りました。

甲子園より大きな規模

この記念すべき第一戦が行われたこの鳴海球場は両翼106メートルの大きさを誇り、昭和2年に完成。昭和6年11月には、ルーゲーリック、ベーブルース等が参加した全米選抜チームもこの球場で試合を行いました。

鳴海球場は愛知県の名古屋市緑区鳴海町にありました。当時の名古屋軍は名鉄も経営に乗り出した関係で、今後のプロ野球の公式戦を見越して、昭和26年には、スタンドを改造。収容人数は4万人のプロ野球規格の球場として、2リーグ分裂後も中日ドラゴンズの前身名古屋軍の本拠地として試合を行いました。しかし、昭和23年に名古屋市中川区に中日スタヂアムが出来ると、市内から気軽に行ける便利性と平坦な場所にあったこともあり、昭和27年6月26日の大洋戦を最後にプロ野球の試合は行われることはありませんでした。そして昭和33年に閉鎖し、34年の4月に名鉄自動車学校として生まれ変わりました。

今も名鉄自動車学校として経営

現在もスタンドの一部と球場の入り口の跡が残されており、当時の面影を知ることが出来ます。構内には航空写真でここが元、野球場であった事を示す資料として展示されていますが、受講生にここが、歴史に残る試合が行われた、重要な場所だと言うことは知る由もありません。

参考文献 週刊ベースボール 2001年4.16 ベースボールマガジン社4月16日発行

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