フジテレビのプロ野球ニュースが担った役割

フジテレビのプロ野球ニュースが担った役割

ひと昔前は、スポーツと言えば野球でした。

Jリーグの誕生し、今では、バレーボールにバスケットボール、卓球と、昭和の時代では考えられないほど、スポーツが多様化してきました。

1976年プロ野球ニュースがスタートしました。

この番組が始まる前は、ニュースの中で、スポーツコーナーがあり、そこで、5分間ほどスポット的にVTR流すだけで、しかも、ジャイアンツの試合だけで他の試合は結果を簡単に放送するだけでした。

しかし、プロ野球ニュースは「ニュース番組に革命」を起こしました。

6試合中、4試合をVTRで流し、解説者を加えて放送するのです。平等にセ・リーグ、2試合、パ・リーグ2試合でした。当然、ドラゴンズファンの私は、テレビ画面でドラゴンズの試合のVTRを待っていましたが、放送されないことが度々ありました。

ところが、途中で、名古屋地区だけ、ローカル局の東海テレビがパリーグの1試合を削って、ドラゴンズの試合を流すようになりました。どうやら、抗議の電話が数多く寄せられたようです。

昔はそんな、時代だったのです。

そして、ナレーションは東海テレビの吉村アナウンサー、そして解説者は、ドラゴンズOB投手の河村保彦、そしてあのレジェンド権藤博さんでした。

それも、1983年(昭和58年)から全試合を放送するようになりました。

他のテレビ局もこのプロ野球ニュースの影響からか、ジャイアンツ戦以外の試合も、VTRで流すようになりました。しかし、解説者までは付けずにアナウンサーが事務的に試合経過を述べるだけにとどまっていました。しかも、1試合2分くらいでした。3分を超えると、ニュースとはみなされずに、コンテンツとなってしまう為、放映権料を払わなくてはなりません。しかし、フジテレビは、この放映権料を支払い番組を作っていたのです。

特にパ・リーグのゲームを取り上げる事は、今では普通の事ですが、当時では考えられませんでした。

且つてのニュース番組の殻を破ったのです。その試みは画期的でした。

このような、番組はアメリカにもありません。第一アメリカ人は、結果しか興味がないのです。日本人、いや私のように、フジテレビでプロ野球ニュースを見て、TBS(小林繁がキャスターをやっていた時代が好きでした)で見て、日本テレビ、NHKでも見る、このような人は他にもいるはず…。

キャスターは佐々木信也、土、日はみのもんたが務めていました。

佐々木信也は、元、プロ野球選手で首位打者も獲得するような、有名な選手でした。

始めの頃は、慣れないキャスターという仕事で、ミスばかりで番組内で訂正、謝罪を繰り返していましたが、しかし私は、彼の優しい語り口が好きでした。

特に、番組内でドラゴンズの選手へお褒めのコメントを出すと、嬉しくなりました。何時しか、私は、彼が「ドラゴンズのことを番組内でどのように伝えるか」に興味があり、必ず、番組を最後まで拝見するようになりました。

こうして、ドラゴンズはもちろんのこと、プロ野球全体のことが好きになっていくのです。

女性キャスターは中井美穂が先鞭

今も時めく女性キャスターの出現は、中井美穂アナウンサーが最初ではないでしょうか?

野球に関して知識のない、いや知識の薄い、女子アナを起用するには勇気が必要だったことでしょう。一度、達川光男氏に「それはどうゆう事でしょうか?」と突っ込まれて、困っているシーンを目撃しました。

女性キャスターは、今では当たり前のように起用されていますが…。

そんなプロ野球ニュースが2001年3月で終了しました。

この年の4月から「すぽると」として総合スポーツ番組へと変身し、今では、CS放送のフジテレビONEで「プロ野球ニュース」として復活、今も放映中です。

今でも、懐かしく拝見させて頂いています、今日のホームランのBGMが懐かしいですね。

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