平田良介の復活に期待

平田良介が、今年7月に異形狭心症と診断されていました。

この、異形狭心症は、胸が圧迫、締め付けられ、発作が起きる心臓病の一種です。そして、来季は大減棒での契約となり、もう選手生命をかけて一歩も引けません。

大阪の四天王

平田良介を最初に見たのは、2005年夏の甲子園大会でした。

同じ、大阪桐蔭高校には、156キロ剛腕左腕の辻内崇伸と1年生で5番を打つ日本ハムに入団する中田翔がいました。

とにかく目立っていました。オープン気味に構え、打席に入っても体をくねくねさせ、バットを小刻みに揺らす。体は大きくなかったが俊足で、外野守備も上手くそれでいて強肩でした。

この平田良介、辻内崇伸、岡田貴弘(T―岡田)、鶴直人、この4人がこの年のドラフト上位候補で大阪四天王と呼ばれていたのです。

岩のようにガッチリした身体

この年の暮れ、ドラゴンズがドラフト1位で指名し入団。

その平田が、私が勤務しているホテル内のレストランに両親とスカウトと一緒に来店したのです。

早速、個室を用意し、部屋に通しました。

間近で見る平田は、上背はありませんが、身体がものすごくガッチリしていて、岩みたいでした。もっと驚いたのは、彼の親父を見た時、平田良介よりもはるかにデカかったのです。そして、母も元バレーボールの選手で、スポーツ一家で両親のDNAを引き継いでいたのです。

レストランに来た目的は、入団交渉の後の会食でした。

もう、ずいぶん前の事なので、何を召し上がったのか?とか、詳しい事は何も覚えていません。

ダルビッシュからライトへ決勝点

入団後、平田は順調にレギュラーに定着していきました。

プロ初ホームランはジャイアンツ戦でのサヨナラホームラン。

2年目には、日本シリーズ第5戦で、ダルビッシュからライトへ犠飛を放ちました。

山井が完全試合を続けながら岩瀬に交代したあの、伝説の試合の決勝点は平田が挙げたのです。

そういえば、さかのぼる事、53年前の西鉄ライオンズとの日本シリーズ第7戦で、優勝を決めるタイムリー3塁打を打つたのも、2年目の井上登でした。

意外性でインパクトのある打棒

2011年には交流戦で2試合連続サヨナラホームランの離れ業。

2018年には打率.329を残し、サイクルヒットも達成、ゴールデングラブ賞を獲得するなどベテランの域に入り、順風万端にみえました。

その後は肉離れ、その後も右肘通とコンディション不良が続き、今年も打撃不振でファーム暮らし。そして、2軍でも打率が1割台と低迷。

野球小僧の平田良介

そして、異形狭心症と発表されましたが、この病気は、心労やストレスが原因とされています。

来期に向けて、メンタル、身体のメンテナンスをしっかりして是非、復活をして欲しい。

俊足、強肩、強打のセンス抜群。もっぱら野球小僧の平田良介、きみの復活が来季のドラゴンズの命運を握ると言っても過言ではありません。

そして、ヒーローインタビューでお酒の話しでスタンドを盛り上げて欲しいですね。

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